いつまでも君と……

愛犬のために わたしたちができること

悩みの値段を考えたことありますか? ~愛犬の闘病、もう一つの側面(3/4)~

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本話と次話では、闘病の視点の中から『悩みの値段』 と 、『悩みの賞味期限』というお話をしようと思います。

闘病に限らず、悩みというのは実は正体がはっきりしない場合が多くて、人間は必要以上に深刻に考えてしまいます。悩んでいる時ほど視野が小さくなりがちなので、悩みが無限に大きくて、まるで自分を飲み込んでしまいそうに思えるわけです。

しかし、一歩引いた視点で考えてみると、どんな悩みも、実際はそれほどは大きくないし、いつまでも続くわけがないという事が分かってきます。

 

そんなことを考えたのは、10年前

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実は、もう10年も前の事になります――
筆者は九州のある大学院で、3年間ほど集中講義する機会をただいていました。

その内容は、大学院を出てから会社員にならずに、自分で起業したいという学生さんたちに対して、『失敗なんて怖くない』という事を伝えるものです。
毎年その集中講義の一番最後に、学生さんたちに話していたことがあります。それが今回の話題である『悩みの値段』と、『悩みの賞味期限』です。

この2つの話は、悩まずにつき進め! 若者たちよ! と学生さんたちにエールを贈るものでした。しかし、まさかその言葉が10年後に、自分自身が愛犬を介護する時の、心の支えになろうとは、当時は思っても見ませんでした。

 

愛犬ピーチーの劇症肝炎

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わが家の愛犬ピーチーは、2015年の夏に、突如劇症肝炎を発症しました。
そしてあっという間に病状は悪化し、明日をもしれぬ危険な状態になりました。

ピーチーが死の淵にあったとき、頭に閃いたのが、10年前に自分が用いた『悩みの値段』と 『悩みの賞味期限』  という言葉でした。

その時の心境はというと、針の穴に糸を通すどころか、穴の無い針に糸を通すようなものでした。ピーチーが子犬の頃から掛かりつけだった主治医は、それとなく安楽死を提案してきました。

それに抗うように、飼い主たる我が家では、必死に先端医療に活路を見出そうとしたのです。前例も参考になる情報も何もない中での模索です。一つの判断の誤りが、ピーチーの死に直結することになる、ぎりぎりの決断が続きました。

必死に自分の気持ちを立て直しながらの、闘病。
あれがずっと続いていたなら、ピーチーより先に、家族の方が精神的に参っていたことでしょう。

幸いにもピーチーはその後、奇跡的に難を逃れました。

そして、ピーチーが快方に向かってからのことです。
筆者は自分自身を励ました『悩みの値段』と 『悩みの賞味期限』 の2つを、ブログとして書いていた、”ピーチーの闘病記”の中に記しました。
それは、これから愛犬の闘病に臨まれる飼い主さんに対する、励ましの意味をこめたものでした。

以下に当時と同じく、まずは『悩みの値段』を転載しましょう。これは大学院で行った講義の内容を、再現したものです。

 

悩みの値段とは

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――ここから、講義の再現です――

皆さんは今、何らかの悩みを抱えているはずです。なぜ僕にそれが分かるかというと、人間はそんなもんだからです。悩みの無い人間は、アホと言いますね。

「もし僕が大金持ちで、君に1億円あげるから、そんな悩み忘れなよ」
って言ったらどうでしょう? 

悩みそのものは消えないかもしれませんが、喜びは相当に大きいでしょう?
悩みの量と、喜びの量で、帳尻が合って、あなたは不幸じゃなくなるかもしれません。もしかすると、喜びの方が勝って、幸せになってしまうかもしれませんね。

それでは金額を減らします。5千万円だったらどうですか? 
5千万円もらえたら、結構な悩みは我慢できますよね。
それではぐっと金額を減らして1千万円ならどうですか?

こんな風に、少しずつ金額を下げていくと、たいていの悩みは、100万円もあれば相殺できたりするんです。人間というのは面白いものですね。

ではその100万円は、どうすれば手に入るのか分かりますか?
今すぐコンビニのアルバイトに応募して、一生懸命に働いたら3か月ほどで何とかなるはずです。

つまり、あなたが今、何かに悩んでいたら、すぐさまコンビニで3か月アルバイトしなさいという事です。

どうです? 簡単でしょう?

――悩みの値段の講義、ここまで――

 

ものは考えよう

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さすがに、愛犬の闘病の悩みと、コンビニのバイトは、比べられませんよね。しかしこのようにして、悩みを何か別のものに置き換えてみるだけで、見えてくる景色は随分と違います。

愛犬の闘病は、悩んでいても、悩んでいなくても、起きることは同じ――
飼い主がやるべきことも同じ――

そう考えると、”悩み”というものは、適当なところで収めておくのが妥当だという気がしてくるのです。

皆さんは、どう思いますか?

次回は『悩みの賞味期限』について考えてみましょう――

 

―― 愛犬の闘病、もう一つの側面・つづく(3/4) ――

(ライター)高栖匡躬

 

――本記事は、下記の連載で構成されたものです――

 

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